ありのままで居られる場が、自分を優しく強くしてくれる

この記事は、CforCの修了生がプログラムを終えて、感想や変化について書いた文章です。


わたしがCforCに参加したのは2019年のことだ。参加するまでの経緯やプログラム中に感じたこと、修了後にチューターとして携わるようになってから書いた記事は別にあるので、こちらも併せて読んでいただけると、わたしが感じているCforCがどのようなものか伝わるのではないかと思う。

 先日CforCのオンライン同窓会があり、多年度の修了生が一同に会する機会があった。画面越しだが久々に同窓生の顔を見て話せたことがとても嬉かったし、「ああ、これがCforCだよなあ~。」とオンライン上でも確かに【CforCの雰囲気や空気感】を感じるのだ。【CforCの雰囲気や空気感】というものが言葉で簡単に伝えることはできないとわかってはいるが、今日はその言葉にしがたいものをしたためたいと思う。

 まず「こんなこと言っちゃっていいのかな……。」という雰囲気が無い。日頃生活している中で他人にどう思われるかわからないし、「それは理想論だよね。」と片付けられたり、「それはそうだけど、そんなことにいちいち気にしてたら生きていけないよ。」と言われそうで、(この場で言うのはやめておこう。)と言葉を引っ込めることは無いだろうか?このプログラムでは「思考に至らないありのままの感情や、もやもやと混沌とした気持ちをそのまま言葉にしてよい。」と繰り返し伝えられるし、実際にその練習もする。社会を考える前に、自分と向き合い、感情や気持ち、想い、願いに気づき受け容れることが大切なのだと思う。自分が居ない社会は存在しないし、自分も社会の大切な1ピースだから。どんな言葉も否定されず、心の声にただ真摯に耳を傾けて応えてくれる仲間が居ることや場があることが、どれだけ支えとなり自分を優しく強くしてくれることか。それを繰り返した仲間だからこそ、安心して話せる【CforCの雰囲気や空気感】が生まれるのだと思う。これが【優しい「間」】なのかもしれない。

 オンライン開催になってから、CforCの仲間は全国に居るのだけど、オンライン上でしか会ったことが無い方がほとんどで、とても不思議な気持ちになる。自分の名前も顔も、笑った顔も泣いてる顔も怒ってる顔も知ってる人たちなのに、実際にはまだ会ったことが無いという不思議。いつか「初めましてだけど、初めて会った気がしないね!」と目を合わせて伝えられる日を楽しみにしている。

 一言では語り尽くせないCforCの魅力だが、少しでも伝わっていたら嬉しい。参加を迷われている方は他の修了生の声や、ホームページ、SNS等も見て頂けたら、CforCについてより深く知ることができると思う。その場に居ること、参加することで得られるものも多いと思うので、興味のある方は是非ご一緒してこの【CforCの雰囲気や空気感】を肌で感じてもらえたらと思う

執筆:CforC2019 高橋真生

Previous
Previous

CforCを経て、僕は子どもたちに関わることを辞めた。-それでもCforCの意義を、心から信じている訳-

Next
Next

知識と自身の考えを深める機会、あともうひとつ。~大学生として参加したわたしが3年後に感じた「CforC」の価値~