温かいご飯が、そっと繋いでくれる

ボランティアとしてとある街のある場所に行っている。迷路のような細い道が続くけど、自然もあってなんだかほっとする小さな街。その街のある場所でよく会うのは10代の女の子たち。思春期も相まって、知らない大人にはぶっきらぼう。コミュニケーションはちょっと不器用なのかもしれない。でも、ひたむきで一生懸命で、芯が通っている。私が心から応援している女の子達。

私の役割はいろいろあるけど、主な役割は美味しいご飯を作ること。彼女たちの場所の邪魔をしないよう、台所に隠れたふりをしながら、料理は得意ではないけど、私なりに手間暇かけて作っている。

思春期の食べ盛りはすごい。学校やバイトが終わって、「おなかすいたよ。早く早く!今すぐ作って!」と言われることもしばしば。

私はこの街の出身ではないので、この街の食文化を知らない。その子の味があるだろうから、「だし巻きって甘くないってこと?」「チーズは入れてもいいの?」「濃いめ?薄め?」など彼女たちに聞いて、回らない頭で必死に考える。なんとか、頭の中で味のバランスを考え、味見も必ずする。

わたわたと作るため、慌てている。肉はバラバラの大きさ、卵焼きは形が崩れたりもする。

ご飯できたよーと持っていくと、「形なにこれ!」「肉でかすぎ!」「遅いよ!」と大体彼女たちから注文が付く。ケタケタ笑っている。

いろいろ言いながらも食べてくれてありがたい。大きな声で「おいしーーい!!!!」と言ってくれる子もいればもくもくと食べる子もいる。「普段のより甘いけどいいね!」と異なる文化をするっと受け入れてくれることもある。みんな残さず食べてくれて私はとてもとても嬉しい。

普段は、彼女たちと一歩ずつ、ゆっくり関係性を構築している。進まないことも戻ることもある。そんな中、ご飯の時は駆け引きも変な鎧もお互いの違いも無い。美味しいご飯がお互いを素直にしてくれるのかなと思っている。まっすぐな心を持つ彼女たちの言葉に心が温かくなった。

私自身はまっすぐ彼女たちと関われているのかなと自分の心に問いかけた。今も自問自答している。


※この文章は、記憶の中にある「まちで感じた優しい間」を募集した際の文章です。
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